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2008年4月 5日 (土)

勘十郎、半生を大いに振り返る

昨晩の晩御飯のメニュー
白ご飯、ギョーザ、鯛の刺身、コーンポタージュ。ママ、何これ???
日本の何でもあるから崩れていく食文化に一抹の不安を勘十郎です。

年齢が1桁の頃からゲーマーになるしかない環境で育ったボクはもうゲーマー暦、20年なんてとっくに超えてしまってるわけですが、いまだにゲームが大好きです。DSで遊ぶ小学生並みに大好きなんですが、多くの人はボクぐらいの年齢に達する前にゲームから離れていきます。
ここで、ゲーム離れするのは生物としての本能、というテーマでつらつらと書こうかと思ったんですが、どうも皮肉めいた内容になってしまうのでそれはまたの機会にします。概要としては「趣味で遊ぶよりも家庭を持って子孫を残そうという生存本能」が働くからじゃね?二者択一だよね。両立できてる人はホント尊敬します。気な感じで書きたかったんですがね。

止めたので、ボクのこれまでの華麗なるゲーム遍歴など、誰も知りたくないでしょうが。
年齢の逆算は個人情報保護条例で禁止されております。ダメ!絶対!

~黎明編~
3歳:父親が「ゲームで遊びたい」という理由でパソコンを買ってくる。伝説の始まり。
5歳:フロッピーディスクからゲームを立ち上げる方法を覚える。その時はまったゲームはテニス。
7歳:我が家初のゲームハード「ゲームパソコン:M5」がやってくる。これまた父親の趣味。その時はまってたゲームは「バリア」。「ベースボール」も面白かったけど、ROMが「カセットテープ」だったので立ち上げに知識が必要だった。
8歳:「ファミコン真っ盛り」。が、親に頼んで親が買ってきたのはまさかの「SEGA:SG-1000」。最初は気に入らなくて「死んでも遊ぶか!」とか言ってたけど結局遊んじゃった。ソフトは少なかったけど。この頃からゲームセンターに通いだし、「ドルアーガの塔」にはまる。
10歳:やっとこさファミコンがやって来た。最初に買ってもらったゲームは「ディグダグ」と「エレベーターアクション」。ファミコンでドルアーガ出てたような気もするけどやっぱりゲーセンに通ってた。夏休みの宿題で「ボンバーマンで10億点稼ぐ方法」を自由研究でやって怒られる。自由研究だから好きな事やったのに!と反論して親を学校に呼ばれたが、親の「それの何が悪いんですか?」の発言に先生唖然。ステキ親バンザイ。
11歳:セガMkⅢがやってくる。ファンタジーゾーンに熱中。母親がツインビーの稼ぎパターンを完成させる。それ以降母親にツインビーで勝てた事が無い。ドルアーガの塔、裏までクリア。夏休みの宿題で「ドルアーガの塔完全攻略」を自由研究で提出。三者面談にもつれ込む。「他の宿題もちゃんとやってるから別に良いじゃないですか」の親の発言に先生呆然。「夏のゼルダの思い出イベント(前編後編)」発生。
12歳:夏休みの宿題で「ロードランナー・チャンピオンシップロードランナー全100面完全攻略」を自由研究として提出。親が「今年の面談はいつ?」と訊いてくる。「あのゲームはすごい難しいゲームなんですよ?その努力を見ずにゲームだからダメ、と言うのは教育者としてどうですか?先生もやってみればわかります」とかそんな事を言って先生失然。ゲームのやり過ぎで眠いという理由で学校早退。学校一足の速かった親友が転校。その際に「スーパーマリオ」をあげたのがバレてこっぴどく叱られる。理由は「まだ遊びきってなかったのに」。高橋名人に会う。

~乱世編~
13歳:一生懸命に貯めた小遣いで「ツインビー3」を買うも初見でノーミスクリア。ボクが上手かったわけではなく、その余りのヌルさに絶望する。「スーパーマリオ3」を買うが、翌日にファミコンが昇天。ありがとうファミリーコンピュータ。しばらくセガMkⅢ漬けの日々。
14歳:スーパーファミコンを買う。正しくは親に買いに行かせる。その日は学校を抜け出して家に帰ってスーパーマリオワールドをやって感激。とんでもない高性能ハードだと実感。ちなみに、PCエンジンもメガドライブも持ってました。
15歳:ゲームをする為に時間を作ってたら学力がどんどん低下。それに合わせて行く高校を選んでの受験。見事合格。合格発表をゲームしてて見に行くのが面倒だったから見に行かなかったら中学の担任から「今すぐ見に行け」と電話があって、それで見に行く。掲示板を見てさっさと帰ってゲームしてたら「結果を教えろ」と担任から電話。
16歳:「天外魔境Ⅱ」に大はまり。義務教育じゃないという事を逆手にとってサボタージュしまくる。
17歳:「竜虎の拳」がやりたかったのでNEO-GEOを買う。が、「竜虎の拳」はその時点でまだ出てなかったので、仕方なく「ワールドヒーローズ」を買う。意外と面白くてビックリ。
18歳:通学定期が切れて切符で通学した事を忘れ、ゲーセンで「野球超人リーグマン」と「ぐっすんおよよ」で遊びまくり、帰れなくなって友人宅に泊めてもらった。東京の学校に進学が決まったので、まだクリアしてなかった「ファイナルファンタジー6」を弟にあげて、新しく自分の分を買う。

~望郷編~
19歳:東京で住んでた所の近くに新作を10円で遊べるようにしている小さな店があり、そこに通いつめる日々。当時最新作だった「ヴァンパイアハンター」が10円で遊べたのは貧乏学生だった当事、非常に助かりました。
20歳:ゲームのし過ぎで就職活動しなかったので、実家に帰る。

~宇宙編~
21歳:この頃からゲーセン通いが「バーチャロン」目的になる。「4(フォース)」で卒業。ひどい時には30秒で100円使うようなサイクルで1日1万円とか平気で使ってた事もあった。
2○歳:XBOXと運命的な出会いをする。買うつもりは無かったけど店頭で見て「コレダーー!!」と電撃を発生させた覚えが。買って正解。いまだに大好きハードです。フェイバリットゲームは「ファントムクラッシュ」です。「鉄騎」を買って、買った事に満足する。

と、書いてみて、文字にするとボク、ヒデーな。ロクな死に方しねーゼ。
まだまだ抜けてる所は多いですが、わざと飛ばしました。書ききれません。

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コメント

まさにゲーマーの鏡!
なんというか、子供の時ゲームを制限されていた環境からするとステキです、うらやましいですヨ。
そして抜けている伝説はいつか語り継がれるであろう。

投稿: りーな | 2008年4月 5日 (土) 14時55分

おや、こんな自己完結にお付き合いいただき誠にあざにゃまーす(ありがとうございます)。
ゲームで遊べる時間は制限されてました。親とコントローラーの取り合いをしてたので。

抜けてる話としては「キングオブファイターズ’94」と間違えて「キングオブモンスターズ」を買った、とか、東京で餓狼伝説スペシャルの大会を感染してる時に隣に居て話しかけてきた男が石井ぜんじ(元ゲーメスト編集長)だった、とか。友人に「お前にゃムリなゲームだ」って言われたのが悔しくて山ほど練習してスーパーパズルボブル2Xで日本のスコアレコードを塗り替えた事があるとか。

そもそもが、うちの親夫婦の馴れ初めが「インベーダー喫茶」(って古い)で知り合った辺りから生まれてくる子供がどういう方向に育つか決定されてたようなもので。やっぱり、親の影響って大き…あら、スピードワゴンさんこんにちわ。どうしたんですか?血相変えて?

こいつはくせえッー!
ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーッ!!
こんなゲーマーには出会ったことがねえほどになァーーーーッ!
環境でゲーマーになっただと?
ちがうね!!こいつは生まれついてのゲーマーだッ!

投稿: 勘十郎=belg-man | 2008年4月 5日 (土) 19時15分

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